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大阪高等裁判所 昭和33年(う)1547号 判決 1961年1月30日

控訴人 検察官

被告人 川島哲哉 弁護人 阿部甚吉 外一名

被告人 川島哲哉 外一名 弁護人 阿部甚吉 外二名

検察官 道前忠雄

主文

各原判決を破棄する。

各本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

本件各控訴の趣意は、検察官井嶋盤根、被告人川島哲哉の弁護人阿部甚吉、毛利与一の各提出に係る控訴趣意書記載のとおりであり、各これらに対する答弁は、被告人川島哲哉の弁護人阿部甚吉、毛利与一、被告人中尾重夫の弁護人中村喜一、検察官門司恵行の各提出に係る答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

被告人両名に対する検察官の各控訴趣意について、

各所論は要するに、原審が被告人両名に対する外国為替及び外国貿易管理法違反の各公訴事実につき犯罪後の法令により刑が廃止されたときに該るとして各免訴の言い渡しをなしたけれども、本件については刑の廃止があつたものとは到底解し得られないから、各原判決は結局法令の適用を誤つた違法があり破棄を免れないというにある。

よつて案ずるに、原判決が被告人両名に対する外国為替及び外国貿易管理法違反の各公訴事実に対し当該梳毛糸は犯罪後である昭和三〇年七月三〇日政令第一五〇号の改正により従来輸出の承認品目とされたものが承認品目から除外され、同年八月一〇日以降は輸出の承認を受けないで輸出することは、何等犯罪を構成しないものとなつたので、これによつて行為の可罰性は失われたものというべきであり、犯罪後の法令により刑が廃止されたときに該当するとして刑事訴訟法第三三七条第二号により被告人両名に対し免訴の言い渡しをなしたことは所論指摘のとおりである。而して外国為替及び外国貿易管理法(以下単に法と略称する)第四八条によれば特定の種類の若しくは特定の地域を仕向地とする貨物を輸出しようとする者は政令で定めるところにより通商産業大臣の承認を受ける義務を課せられることになつており、同法に基く昭和二四年一二月一日政令第三七八号(輸出貿易管理令)、昭和二六年六月八日政令第二〇〇号第一条第一項別表第八号により本件梳毛糸は本件各行為当時輸出の承認品目に指定されたものであるが、昭和三〇年七月三〇日政令第一五〇号の改正により同年八月一〇日以降は右梳毛糸は輸出の承認品目から一時除外せられたけれども、昭和三三年八月二八日政令第二五五号により再び右梳毛糸は輸出の承認品目に指定せられ、同年九月一日施行今日に至つていることを認めるに足る。右法はその第一条において法の目的として掲げているとおり、この法律は外国貿易の正常な発展を図り、国際収支の均衡通貨の安定及び外貨資金の最も有効な利用を確保するために必要な外国為替、外国貿易及びその他の対外取引の管理を行い、もつて国民経済の復興と発展に寄与することにあり、この法律及びこの法律に基く命令の規定は自由貿易の原則に照らし、これらの規定による制限をその必要の減少に伴い逐次緩和又は廃止の方向にもつていくべきであることは論を俟たないところであるけれども、(法第二条参照)当時我が国の置かれた厳しい諸制約に鑑みるときは、右一時的の立法はけだし必要止むを得ないものというべく、従つて右法及び法に基く命令はその立法の趣旨に稽え我が国の貿易が無条件に自由化し得る時までの間、一時的の貿易等の管理立法に該当するものというべく、言い換えれば、右法及び法に基く命令は所謂限時法的な性格を帯びるものであつて、その期間内の違反犯罪に対しては右法令の廃止後においてもなお処罰し得るものと解せざるを得ないのである。このことは右法の施行に伴い廃止することとなつた従来の一連の法律で、例えば外国為替管理法、貿易等臨時措置令(右法附則第二項参照)が廃止後においても、罰則の適用についてはなおその効力を有する旨を規定した右法附則第三項の明文に照らしても、これを窺知することに難くはないのである。

されば、右法に基く命令(政令)で特定貨物を輸出しようとする者はあらかじめ通商産業大臣の承認を要する旨を規制することは、法第四八条第二項の趣旨に従いながら、通商産業大臣がその時々の内外の経済・貿易その他の諸情勢を勘案してなすところの合目的的の行政措置であつて、従来要承認品目であつたものを解除したり、又新しく追加したり(本件梳毛糸については一時承認品目から除外されたことがあるが、又要承認品目に加えられ、今日に至つていることは前段認定のとおりである。)することは法の当然予想するところであつて、一時本件梳毛糸が承認品目から除外されたことがあるからとて、直ちにこれを捉えて右法第四八条第七〇条第二二号自体の改廃による刑の廃止に当るものと解することは右法の性格と精神を正解しない見解といわざるを得ないのである。何となれば、右法自体には何等の改廃もなく、単に右法に基く命令の改正により従来要承認品目であつたものが承認を必要としなくなつただけのことである。さればその時以後の無承認輸出は法第四八条第七〇条第二二号の構成要件を充足しない結果、罪とならなくなるというに過ぎないのであつて、右法の意思に基くことなくして、命令で承認品目を解除する法意思のなかに、改正以前の違反行為までを今後罪とせず、若しくは処罰しないという刑の廃止を含むものと解することは、右法の性格及び精神から到底是認し得られないところであるからである。

すなわち、右法自身が改廃されない以上旧事情下における違反行為の可罰性は右法の性格と精神に鑑み依然として異なるところはないものと認むべく、且つこれを処罰することは罪刑法定主義にも反しないのである。(昭和二三年(れ)第八〇〇号同二五年一〇月一一日最高裁大法廷判決参照)

然らば即ち、各判決が本件梳毛糸の各公訴事実に対し、昭和三〇年七月三〇日政令第一五〇号により梳毛糸は承認品目から除外されたから、行為の可罰性を失われたものというべきであり、犯罪後の法令により刑が廃止された時に該当するとして免訴の言い渡しをなしたのは、法令の適用を誤つた違法があり、この違法は原判決に影響を及ぼすことが極めて明らかであるから、原判決は到底破棄を免れない。なお原判決援用の最高裁判例は本件には適切ではないから、従うを得ない。

よつて弁護人阿部甚吉、毛利与一の控訴趣意に対する各判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第四〇〇条本文に則り主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 児島謙二 裁判官 畠山成伸 裁判官 瞿曇)

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